信越五岳トレイルランニングレース2015(後編)

5Aの乙見湖の時点で距離は走ってきた距離は66.6km、でも頑張りどころはこれからだ。

 

ここからまた黒姫を登っていく。ここもほとんど登山だ。

数日前の雨の影響もあり、ところどころかなりぬかるんでいる。集中力が必要だ。

途中面白いお兄さんとペースが同じところがあった。

かなり疲れているようで、急登を登るたびに「あ〜!」とか声を上げている。

「うるさくてすみません!」と声をかけられたので、「楽しいから大丈夫です!」と

返す。

このあとしばらく僕の後をこのお兄さんが走っていたのだが、黒姫を越えてだらだらとした下りに入った頃、何やら遠くの方で声が聞こえる。

歓声、というほどの人数でもないし、多分全員男の声なのだがなにやら騒がしい。

どうやら仲間の応援に来た大会関係者の人たちのようだ。すると後ろから…、

「うぉ〜〜!!」という雄叫びとともにさっきの兄ちゃんがものすごい勢いで僕を

追い抜いて行く。「元気じゃないですか!」と声をかけると「呼ばれたら行くしかないっしょー!」と叫びながら走っていった。

呼ばれたのか?

 

黒姫の下りが終わるとここからは戸隠。完全に夜。ヘッデンの明かりで走る。

さすがに気温が下がってきたので一度シェルを着込むが、すぐに暑くなって脱ぐ。

アームカバーと手袋だけで十分だった。

そしてこのへんから膝が痛みだす。腸脛靭帯炎だ。2年前初めて100km走ったとき、

3ヶ月走れなくなったアレが復活してきた。

筋肉の痛みや痙攣、胃の不調はリカバリーできるが、腱や靭帯の炎症はレース中に治ることはない。むしろ普通は治るまでに数ヶ月、悪いと数年かかる場合もあるほどだ。

あとで分かったことだがこのとき右足首もすでに腱鞘炎になっていた。

戸隠の森の中を走りながら右膝に聞いてみる。といっても声には出さず心の声で。

ほんとに声に出して一人で喋ってたら近くの人にやばいやつだと思われるでしょ。

僕「どうだい相棒?」右膝に聞く。右膝「もう無理ぽ。」

どうやら終わっているらしい。

だが道はフラット。パワースポット戸隠の森の快適なシングルトラックを、

今自分は走る自由を与えられている。辛い。歩きたい。一瞬そう思う。

「待てよ。」ある考えが降りてくる。

 

「もし今体が完全に元気で、朝の気持ちの良い時間に、この場所にいたとしたら、

俺は間違いなく走るだろう。こんなに素晴らしい道、フカフカのトレイル、

美しい景色に囲まれて走れる歓び、俺はそれに魅せられてトレイルランニング

始めたんだ。これこそが俺のやりたかったことなんだ。歩いてどうする。

トレイルランニングだぞ。ウォーキングじゃねえんだ。

野生に還って風を切って走る気持ち良さを思い出せ!」

 

今までこんなことを思ったことはなかった。

過酷なレースでは新たな自分と出会うことができる。

とくに夜暗い中一人で走っているときに、それは起こりやすい。

 

戸隠神社の大鳥居を抜け、参道をひた走り、最終エイドの8Aに到着する。

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※ここからの画像は公式HPから引用。

最終エイドでは温かいそばやおかゆをいただいた。ものすごく美味い。

寒くてぶるぶる震えている選手もいたけど、僕は全然平気だった。

多分しっかり補給ができていたためだろう。

補給と言えば、練習で12時間とか走ったときは必ず後半で胃がやられ、

固形物はおろかジェルすらも受け付けなくなっていたが、この日の胃は絶好調。

これは嬉しい誤算だったが、原因はオーガニックジェルのハニースティンガーだけを

摂っていたせいか、あるいはこまめな胃薬が効いたのか。おそらくは前者だろう。

ハニースティンガーすげぇ。

 

8Aを出るとラスボス、瑪瑙山が待っている。この大会中最も標高が高い山だ。

結論から言うと、楽勝。南アルプスとか富士山2往復とかで鍛えた脚は、

瑪瑙の登りなどものともしない。

何より5月の比叡山に比べれば、全然大したことない。

比叡山を走っておいてよかった。

逆にきつかったのは下り。膝が終わっているので下りは一歩一歩が激痛。

さすがに耐えかねて、途中から後ろ向きで歩く。

暗い中ヘッデンの明かりのみで後ろ歩きはけっこう危なかったが、

前向きで歩くよりは早く、膝の痛みも少ない。

長いレースではどんなに緻密に計画を練って、戦略を立てていっても、

その通りには行かないことがほとんどだ。山でもそうだが、計画も大事だけど、

もっと大事なのは想定外のことが起こったときに臨機応変に対応できる能力。

自分の思い通りに事が運ばないと納得できない人にこのスポーツは向いていない。

 

瑪瑙山を撃破した後は少し森の中のアップダウンを繰り返す。

暗い森を一人走っていると、少し離れたところからガサガサ音がする。

人ではない。音の大きさからして小動物でもない。

「熊だ。」

戸隠でもそうだったがレース後半ともなると周りに誰もいない時間も増えてくる。

実際は熊ではないのかもしれないが、どうしても頭をよぎる。

手を叩いたり声を上げて走り、襲われないよう祈る。

 

森を抜け、ラスト7km、登り基調の林道。

膝を痛めている今は軽い登りが逆に走りやすい。

スタート前の目標では、22時間の制限時間に対してまず完走はしたい。

20時間切れたら満足。あわよくば18時間30分(日付が変わる時刻)切れたら大満足。

このペースで走れば、切れる。歩いても完走できる時間だが、絶対に走りきる。

あと5km。あと4km…。やっと終わるという安堵の気持ちと、もう終わってしまう

という不思議な気持ちがない交ぜになっている。

遠くでゴール会場のアナウンスが聞こえる。

光が見えてくる。

 

 

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※画像は自分ではありません。

旅の終わり。嬉しさと寂しさと少しの悔しさ。

 

このゴール自体には何の意味もない。何かが大きく変わったわけでもない。

「完走することが大事」と人はよく言うのだけれど、今の僕の場合は

どれだけその山を、森を、風を、景色を、自分の変化を楽しめたかが大事で、

そこさえ自分が全力で向き合えたら、完走できなくてもいいのかもしれない。

でもやっぱりゴールの瞬間は最高なんだけどね。

 

僕のトレラン人生はまだまだ始まったばかりだし、目標のUTMBまでは

まだだいぶ時間がかかりそうだけど、やっとスタート地点に立てたという

歓びを、今は噛み締めている。

 

会社が忙しい時期に連休をとらせてくれた理解ある上司に感謝。

このレースを作ってくれた石川弘樹さんをはじめ、すべての大会関係者に感謝。

全然読者思いじゃない文章を最後まで読んでくれたあなたに感謝。

ありがとう信越五岳。

また必ず出ます。そのときは、全部走って明るいうちに瑪瑙山を倒します。

 

 

 

あー楽しかった!!

 

 

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