旅ブログ〜ボリビア編②〜
Hey guys!!
昨日までパタゴニア観光の核心であり、世界有数の人気トレイルでもあるパイネサーキット(サーキットO)を6泊7日で歩いてきたのですが、はっきり言って最高過どーも僕です。
さてウユニです。
ラパスからのバスがウユニに着いたとき、早朝だったため宿にチェックインできず、ロビーで待つことに。
しばらく時間を潰していると、見覚えのある顔が宿に入ってきてスタッフに何かを言っている…。
Mさる君だ。
ボゴタでもクスコでもラパスでも会ったMさる君が、僕の宿に泊まっている他の日本人の知り合いと会うために現れた。
ラパスでのSのぶ姉さんに続き、またもやなんという偶然。
結局このあとウユニを出てチリに入るまで、僕らは行動を共にすることに。
Mさる君。ちなみにこれはチリのプコンにて。
まずウユニでは、Mさる君と以前会ったことのあるというK子ちゃん、僕と同い年のRょうさん、新婚ホヤホヤなのに一人で旅してるAやこちゃんと合流。皆一人旅。
流れで「列車の墓場&塩湖&インカワシ島デイツアー」に行くことに。
日本人経営の有名なツアー会社「HODAKA」ではなく、地元の小さなツアー会社でK子ちゃんが申し込んでくれた。
僕ら5人を乗せた車に、一人の日本人が合流。
Tける君という大学生一人旅。
これでそれぞれ一人旅の日本人6人グループの出来上がり。
みんな一人でいろんな国を旅しているということもあって、短期旅行者グループみたいにやたらとワイワイした浮かれた雰囲気にならなくて良かった。
良いメンバーに恵まれました。本当に。
良きメンバーでした。
まずはウユニの街からほど近い、列車の墓場へ。
列車の墓場って良いように言ってるけど、要はただ不要になった巨大なゴミを放置しているだけでしょ、と思ったけど、空気を読んでそこは何も言わず。
僕だって空気は読めるんですよ。一応ね。
続いては360°一面塩の場所で、定番のトリック写真とか全員で無意味にダッシュしたりとか。
ちなみに無意味なダッシュで若干1名(大学生のTける)が盛大に転び、ガリガリの塩の大地で手の平やら肘やら膝を思いっきり擦りむいてました。
なので写真に登場するTけるは戦場カメラマンごたる、包帯を巻いた状態でカメラを構えています。
日本人には水が張って鏡張りになったウユニ塩湖が人気ですが、僕はけっこうこの真っ白の大地が好きかも。
水に映った空とか見ても、「で?」って思っちゃうけど、どこまでも続く白い大地は「どこまでも走って行きたい!」とちょっとワクワクするんですよね。
まぁ満天の星空が鏡張りに映ると自分が宇宙に浮いてるみたいになってそれはそれで感動するんだろうなぁと思いますが、残念ながら今回それは叶わず。
僕はどこまでも続く真っ白の大地が好き。
どこかのブロガーさんが、「ウユニには雨季じゃなくても年中鏡張りが見れる場所がある。社会人はネット情報に騙されずに、会社が休める時期に行けばよろし!」なんて、大発見でもしたかのように書いてましたが、いやいや、やっぱ雨季じゃないと一面鏡張りは見れないから。
行って分かりましたけど、多くの人が鏡張り写真をブログやSNSにあげてるのは、写真に写る部分だけ鏡張りになっているだけで、辺りが全部鏡張りになってるわけじゃないんですよね。
オーロラと同じでカメラのマジックというか。
まぁ僕はもともとウユニをそこまで楽しみにしていたわけじゃないので別にがっかりもしなかったですが。
ごく一部にしか水が張ってなくても撮りようによってはこのように鏡張りに見える。
塩の大地の次は塩のレストランでランチ。
ここでは特筆すべきことは何もなかったですが、レストランの外の国旗エリアでなかなか良い写真が撮れました。
ランチの後はインカワシ島という、塩湖の中にある小高い丘的な場所へ。
サボテンがニョキニョキ生えてて、少しだけ異世界感はありましたが、丘に登るのにそこそこの入場料がかかるということで、僕らのグループは誰も登らず日陰で休憩。
この後はサンセットまでけっこう時間があったので、鏡張りが若干見れる場所まで移動し、各々色んな写真を撮りまくり。
懐かしのかめはめ波ごっことかしましたが、よく考えればこれは別にウユニ塩湖でやる意味はないですね。
ギニュー特戦隊風。撮った後に左足を伸ばせばよかったと少し後悔。ウユニじゃなくてもできる。
アーティストのCDジャケ風。これもまぁウユニじゃなくてもできる。
戦場カメラマンTける。
なかなか綺麗なサンセットが見れましたが、ここでも僕の天邪鬼な性格が…。
基本的に僕は日の出とか日没とか、あんまりどこで見ても変わらない気がするんですよねぇ。
どこで見るかよりも、どんな空かの方が僕にとっては重要で、たとえ街から見る夕陽でも、空が真っ赤に染まってる時はしばらく見入ってしまったりします。
その日の夜、ツアーに行ったメンバーでリャマ肉を食べに行ったのですが、超絶美味そうな見た目に反してめちゃくちゃ固く、みんなずっと噛み切れずにくちゃくちゃやってました。
アルパカはあんなに美味しいのに、見た目がほぼ同じなリャマとの違いは何なのだ?
見た目は美味そうなんだけど。
メルカド食堂で食べた牛肉とひよこ豆とチョクロのスープ。薄味だったけどこちらの肉はかなり柔らかく、美味。
翌日、Mさる君とAやこちゃんの3人で、昼間から公園で飲もうという話になぜかなり、スーパーへ買い出しに。
ここでMさる君が、「強い酒いきません?」と言いだし、ウォッカ的なボリビアのお酒を一本購入。
これが飲みやすいんだけどかなり強くて、僕とMさる君は昼間の公園で記憶を失うほどベロベロに笑
このとき酔って色々語った恥ずかしい様子は、Aやこちゃんがばっちり動画に収めてました。
昼から地べたで酒を喰らう。
翌日の早朝(AM3時集合)にはMさる君とAやこちゃんの3人で、星空&サンライズツアーに参加。
全員二日酔い。
なかなか綺麗な星空が見れました。
良いカメラを持ってたAやこちゃんにもらった写真。僕は見るだけの係。
僕より少し前にウユニに来た友人が、「世界一星空が綺麗と言われるアタカマ砂漠よりも、ウユニの星空の方が綺麗だった」と言ってましたが、僕の中ではそのウユニですら今まで見た星空ランキングの、トップ5にも入りません。
思うんですが、「世界一〇〇」って、そもそも誰がどういう基準で決めてんのか謎だし、国際関係上世界の色々な国や地域に満遍なく「世界一」が行き渡るように気を遣って決めてるのが丸分かりだし、何よりも世界一だと思うかどうかは、その時のその人の好みとか精神状態とかに大きく左右されると思うんですよね。
なので最近僕は「世界一」って言われても全然魅力を感じません。
むしろ誰かが個人的な好みで「全然有名じゃないけどここがすごく良かった!」と目を輝かせながら語っていたら、そっちの方に魅力を感じます。
こうしてウユニで特にやること無くなったところで、Mさる君と公園で巨大な滑り台やブランコをして遊びました。
ブランコに乗っているとき、隣にいた地元の小学生ぐらいの女の子が僕らに興味深々で、言葉は無いながらもけっこう長いこと一緒に楽しく遊んでいました。
巨大滑り台。5回ぐらい滑った。
我々が伝授した「腹這いぐるぐる」を試みる全身ピンク少女。
どうでもいいけどウユニで見つけた床屋のモデルはなぜか世界のクリスティアーノ・ロナウドと、日本のやまぴー。
さてさて、ボリビア編後半はかなりのボリュームになってしまいましたが、次回からはチリ編。
ウユニからチリ最初の街カラマまで、Mさる君と一緒にバスで行くことになったので、次回はそのカラマからスタートです。
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜ボリビア編①〜
Hey guys!!
先日滞在していたチリの避暑地プコン。
僕が街を出た次の日がアイアンマン70.3(トライアスロンの世界最高峰シリーズ)の開催日だったらしく、僕が出発する日も街がだいぶ盛り上がっていました。
実は僕もトライアスリートだった時代がありまして、こんな自然豊かな場所でレースができるならまたトライアスロンも再開したいなぁと、メラメラとアスリート魂がどーも僕です。
まぁお金かかりますけどね、トライアスロンは。
有名選手らしく、サイン会には長蛇の列ができていた。
全6回に及ぶペルー編が終わり、日本人が大好きなウユニ塩湖のあるボリビア編です。
クスコから国境を越え、ボリビアの首都ラパスへ。
事前情報では首締め強盗なる恐ろしい輩がいるとの噂を聞いていたので、人通りの少ない場所では細心の注意を払いながら街を散策しました。
※首締め強盗とは、歩いている人の後ろからチョークスリーパーで首を締め落とし、気絶したところで金品を奪って逃げるという無茶苦茶な強盗。
バス会社こそ違いましたがクスコで会ったMさる君とラパスでも合流し、晩ご飯を食べに行くことに。
すると、この日たまたま何かのお祭りだったらしく、街全体が物凄い盛り上がり。
とりあえず2人でブラブラ歩いていると、かなり規模の大きな屋台村みたいなのができていて、そこでボリビア初の食べ歩きをすることに。
何故かこのゲームが大人気。
牛タン串焼きめっちゃ美味い。でも食べるときは串から外してお皿に盛られる。
これまためっちゃうまいフルーツカクテル。これで確か30円ぐらいだった気がする。2杯食べた。
なぜか大画面テレビでディズニー映画を流している店が多かった。回転率下がらないのかな?
ビールが売ってなかったので、2人でラパスの地ワインを買って牛タン2回戦へ。
南米ではペルーが美食の国と言われていて、ペルーからボリビアに行くと食べ物の不味さにがっかりする、という噂を聞いたことがありましたが、少なくとも僕らが食べた物はめちゃくちゃ美味しく、どれも安かったです。
ただ唯一、チチカカ湖で獲れたであろう魚のフライ(トルーチャというらしい)を食べたときは、あまりの泥臭さに2人で愕然としました。
お腹パンパンで屋台村を出た後、大通りへ出てみると大規模なパレードの真っ最中!
まぁ正直クオリティとか著作権的なものとかは微妙でしたが、電飾を施したトラックやダンス集団などが次から次へと通り過ぎていく様は、なかなかテンションが上がるものでした。
もんのすごい人。渋谷のハロウィンみたい。行ったことないけど。
でもしっかりスリには気をつけていましたけどね。言うても日本じゃないんで。
ひとしきり祭を楽しんだ後、「似たような旅のルートだからまたどこかで会うかもねー」とMさる君と別れました。またすぐに会うことになるんですけどね。
翌日は6,088mのワイナポトシ登山ツアーへ。
1泊2日で初日からいきなり5,200mの山小屋を目指すパターンか、2泊3日で初日は高度順応+アイスクライミング体験ができるパターンを選べるのですが、僕はビビりなので後者を選び、初日は氷河でアイスアックスのレクチャーと、アイスクライミング体験を行いました。
ツアー会社の車がまさかの目白のお下がり笑
アイスクライミング講習。登っているのはガイド。
今まで軽アイゼンしか使ったことがなかったので、本格的な雪山装備はこれが初めて。
垂直な氷の壁を登るアイスクライミングは思いの外難しく、5〜6m登るのにかなり握力をもっていかれました。
ちなみにツアーはガイド1人+客2人の3人ワンパック。
僕のパートナーは、アメリカ生まれ、現在ハワイ在住、スペイン語ペラペラで耳と鼻にピアス10個ぐらい付けてるテンション高めのクリスティーナちゃん。
登山経験はほぼゼロで、ペルーで僕も行ったレインボーマウンテン(標高約5,000m)が人生最高の高さとのこと。
実を言うと最初は「自分がダメならこの子も無理だろうな」と思っていたのですが、結果的にはこの子だけが登頂しちゃって、やっぱ外国人の女性はタフだなと思いました。
序盤、さすがに標高が高いので僕も彼女もゼーゼー言いながら単調な登山道を登って行きました。
この時はかなり良いペースで、予定よりもだいぶ早くこの日宿泊する山小屋に到着しました。
この時点では僕の身体は何の問題もなく、なんならビール持ってくりゃ良かった、ぐらいの余裕がありました。
重い。
標高5,100mの山小屋までずっと付いてきた犬。すげー。
翌朝、というか深夜12時に起きて、山頂で朝日を見る予定で真っ暗闇の中出発。
出発直後からお腹の調子がおかしく、良くないと思いつつも我慢できず途中2回ほど野◯◯。
この時はただお腹の中が空っぽになれば治ると思ってましたが、雪道に入る手前でアイゼン、ハーネスを装着しているところで体調が悪化。
急いでハーネスを外し、2人から少し離れてリバース&野◯◯。
ガイドは「ゆっくり行く」「こまめに休憩とる」と言ってなんとか僕を登らせようとしましたが、「2人に迷惑かけるから」と言って僕だけ山小屋に戻ることにしました。
山小屋に戻ったあとも、1時間おきに起きてはトイレに駆け込む、を繰り返して正直地獄でした。
しかもトイレに行くには一度山小屋から外に出なくてはいけないのですが、トイレに行くまでの15mほどの岩道が凍ってツルツル滑り、出るのを我慢しながら慎重に歩かなくてはいけなかったのでかなり辛かったです。
星はめっちゃ綺麗だったけど。
朝方、ガイドとクリスティーナが登頂後山小屋に戻ってきましたが、「やったよ!」的な元気なクリスティーナを予想していたら、本当にしんどかったらしく、テンション激低で朝ごはんのスープも飲まず、死んでいました。
無理しないで良かった…。
てかできなかったけど。
今回の旅で何度か思ったけど、僕にはやっぱり重い荷物を背負って山頂を目指す登山は向いてないなと思いました。
まぁ慣れてないだけかもしれないけど、あんまり楽しいと思えないんですよね。
やっぱり僕は山頂とか別に立たなくてもいいから、鹿のように山の中を駆け回りたい。
ただそれも、実際この旅で本格的な登山をやってみて初めて分かったことなので、なんでも実際やってみないとですね。
でもテント担いで行って山でキャンプしてご飯作ってとかは楽しいので、日本に帰ってからもたまにはそういう登山を続けたいと思います。
トレイルランナーも重いザックを背負った登山者の気持ちを理解しないといけないと思うし。
少し話が逸れましたが、次の目的地ウユニへ向かう前にラパスでは最後びっくりな偶然がありました。
グアテマラで3週間共にスペイン語を勉強し、ペルーのワラスでも再開したSのぶ姉さんと、ラパスのバスターミナルでまさかの遭遇!
クスコの時のMさる君と違って、姉さんがボリビアに来ていることすら知らなかったので、お互いめちゃくちゃビックリして姉さんは僕を2度見してました。
しかも会った場所が待合スペースとかじゃなく、ターミナルの奥にある荷物預かり所の前だったのでマジでどんな確率だよっていうね。
世界は狭いですねー。
いつどこで会ってもビールを飲んでいる大阪弁のSのぶ姉さん。
僕はこの日の夜出発のバスに乗る予定で時間があったので、再開を祝して一緒にご飯を食べることにしたのですが、この日のワイナポトシから降りてきたばかりの僕は絶賛高山病中で、唯一お店で口にしたピーチジュースすら20分後にはトイレへリバースしてました。
ちなみにSのぶ姉さんとも、この後チリでまた会うことになります。
また、僕は行かなかったのですが、ラパスでは「おばちゃんプロレス」という名物イベントが毎週日曜に開催されているらしく、民族衣装を着たおばちゃん同士が戦うというなんともシュールな催し物らしいです。
実際に見たMさる君に後日おばちゃんプロレスの感想を聞いたのですが、プロレスとしてのクオリティもおばちゃんだったそうです。
さてさて、次回は早くもボリビア編後半、ウユニの回。
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜ペルー編⑥〜
Hey guys!!
日本へ帰る日が近づいているということで帰ってからのことをあれこれと考える最近ですが、帰って山梨に住んだら買いたい動物がいまして、なにかというと豚です。
海外の田舎の方とかに行くと普通に豚を飼っている家をよく目にするのですが、豚って危なくないし可愛いし、何より大きくなったら食えるどーも僕です。
さてさて長かったペルー編も、ついにというかやっとというか、最終回です。
まずはクスコを訪れる旅行者にとっては有名なレインボーマウンテンへ行った話。
実は行く前から色々ありまして、申し込んだツアー会社の人間が約束の場所に約束の時間に来なくて日程が変更になったり、レインボーマウンテンに向かう途中で僕の乗った車が馬鹿デカい野良犬を轢いて、車が壊れるというアクシデントがありましたが、とにかくレインボーマウンテンのトレッキング道まで無事にたどり着くことができました。
野良犬と衝突して壊れた車。ちなみに犬はなんと生きてた。
移動途中に車から見た山々や、アルパカの大群はなかなかの絶景でした。
ただガードレールも何もない崖っぷちの荒れた道を運転手が飛ばすもんでなかなか怖かったですが。
小さい米粒みたいのが全部アルパカ。こんな景色が30分ぐらい続いた。
レインボーマウンテンは標高こそ約5,000mとかなりの高さですが、トレッキングのスタート地点がすでにかなり高いので、登山というよりはハイキングという感じでした。
富士山みたいに人いっぱいいたし。
そんな道なので、気持ち良くトレイルランニングを堪能。
通常2時間ぐらいかけて登るルートらしいですが、僕は30分ほどでレインボーマウンテンへ到着。
レインボーマウンテン。土中に含まれるミネラルの種類によって色の違いが出るらしい。
曇っていたせいもありますが、レインボーマウンテン自体よりも、その周りの山々の景色の方が素晴らしくて、僕だけ他の人と違う場所の写真を撮りまくってました。
多くの観光客はレインボーマウンテンまで行ったら引き返すのですが、僕は時間にも体力にも余裕があったので、さらに先のトレイルを行くことに。
そこにはレッドバレーと呼ばれる場所があり、個人的にはレインボーマウンテンよりレッドバレーの方が全然良かったです。
本物は物凄い別世界感。180°以上こんな景色。
HDR(ハイダイナミックレンジ)的風景。
写真だとわかりずらいけどかなり変わった形状の花を発見した。
ちなみにレッドバレーのビューポイントの手前には人がいて、本来なら5ソル払わないといけないらしいのですが、僕が「今お金ないからここで引き返すよ」と言ってその場で写真を撮っていると、「特別にタダでいいぞ。他の人には内緒だからな」的なことを言われてタダで入ることができました。
おっちゃん良い人。
でも他の人はちゃんとお金払ってくださいね。
レインボーマウンテンからの帰り道は最高に走りやすい緩やかな下りだったので、久しぶりにぶっ飛ばして駆け下りました。
ダイナミックな地層のうねりに萌える。
クスコ最終日は、ラパス行きのバスの出発時間が夜の10時だったため、日中は近くのピサックという小さな村へ。
ここは「聖なる谷」と呼ばれる場所のひとつらしく、なんかドラクエに出てきそうな名前という理由で行ってみることに。
ピサックはとてもとても小さな村でしたが、意外とツーリスティックというか、伝統文化が残りつつも外国人観光客が好きそうなお洒落なお店などが多くありました。
当然僕はそんな店に興味はないので、ランチは地元の人で賑わうメルカド内の食堂で。
おっちゃんが食べてたやつがめちゃくちゃ美味そうだったので、それ何?と聞いて同じものを頼みました。
4ソル(約140円)のランチプレート。
ペルーのメルカド食堂は安くて美味しいものばかり。
ピサックには少し山を登ったところに遺跡があるのですが、入場料が70ソル(約2,450円)というクソ高い値段だったので行くのをやめました。
以前からブログでも書いている通り、基本的には僕はケチるのが嫌いで、その国や地域に貢献するつもりで多少のお金は値切らず払うのですが、クスコ周辺の観光施設はちょっと調子に乗りすぎてるレベルで値段が高いので、この場合は「高くし過ぎるとお客さんが減ってかえって収益が減る」という当たり前の法則を分からせるために遺跡見学を見送りました。
良いとこですけどね、ピサック。
ベビーアルパカのニット帽がかなり気に入って自分用に買おうかと思ったのですが、試着したところ絶望的に似合わず諦めました。
ニット帽、ほんと似合わないんですよねぇ…。
クスコに戻り、バスターミナルへ行くとまたもやMさる君を発見。
同じ日の同じ時間のラパス行きバスに乗ることは知っていましたが、またもや連絡なしでばったり遭遇。
ここで一つ失敗談があり、日本では馴染みがないですが、海外では長距離バスが多く、バスターミナルでも空港利用税みたいな税金を払う必要があることが多々あります。チケット代に入れといてくれればいいのにね。
そのことをすっかり忘れていた僕は、ペルーのお金を使い切ってしまっていて、税金を払うことができなくなってしまい、10歳年下のMさる君に約30円を恵んでもらうことに。
まぁMさる君がいなかったら最悪その辺のペルー人に恵んでもらっていたと思いますが、持つべきものは友ですね。
そんなこんなで約1ヶ月滞在したペルーに別れを告げ、この旅8ヶ国目となるボリビアへ。
次回はラパスのお祭りと、標高6,088mの山ワイナポトシに挑戦した話。
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜ペルー編⑤〜
Hey guys!!
さっき気づいたんですが、前回ブログをアップしたとき、本来ならペルー編「④」のはずなのに「③」になってましたね。
3の時だけアホになる世界のナベアツだったら2回続けてどーも僕です。
というわけで今回はマチュピチュ編です。
前回のブログでも書いた通り、僕はインカトレイルを歩くツアーに参加して、かつて栄えたインカ帝国の人々が使っていた道を歩いてきました。
トレッキング中にちょくちょく現れるかつての生活の名残り。
雄大な山々の中を歩く。
テンション上がる景色。
3日目の夕方、一人インカトレイルランニングを楽しんだ。
マチュピチュに着く前日、最後のディナーのとき、この日が誕生日だったアメリカ人のクリスの為にバースデーケーキが出てきたときは驚きました。
まさか山の中で作ったのか?
そして最終日、3時起床。
最終キャンプ地からいよいよマチュピチュを目指します。
ここまでずっと晴れていた天気も、最終日に来てまさかの雨。
しかしマチュピチュは霧の都とも言われる天空都市なので、逆に幻想的な景色が見られるかも、とプラスに考えて期待を膨らませました。
その結果…
晴れてもうたー!
そんなに晴れなくても良かったんですけどね。
でもこの後結局雨は降ったり止んだりで、遺跡からバスでマチュピチュ村に降りたときには道が川になるほどの土砂降りでした。
ちなみに上の写真はマチュピチュの撮影ポイントとしては定番ですが、他の旅人がよく「アルパカと一緒に写真撮った」と言っているのは実はアルパカではなくリャマです。
クスコの街にアルパカニット製品が売っているので混同しているようですが、マチュピチュにいるのはリャマです。
ちなみにクスコではアルパカの肉が食べられますが、ボリビアのレストランで見かけるのはなぜかリャマ肉です。
なんで逆はないのかな?
崖に作られた、今はインカブリッジと呼ばれるトレイル。高所恐怖症の人には地獄の道だ。
マチュピチュを案内してくれるガイドさんの説明が全て英語だったので、100%理解できたわけではありませんが、マチュピチュはインカの歴史や文化を知った方が遥かに楽しめるので、マチュピチュにガイドなしで行った人はけっこうもったいないなぁと思います。
マチュピチュ遺跡にはまだ謎に包まれた部分もあるらしいのですが、石を正確に削ってパズルのように組み合わせてある技術は、目を見張るものがありました。
また、今回僕はマチュピチュ山にも登りました。
マチュピチュ遺跡にすぐ近くには、ワイナピチュ山とマチュピチュ山があり、よくテレビとかで芸能人が登ってガイドのおじさんに、
「見てごらん?マチュピチュ遺跡全体がコンドルの形をしているだろう?」
と説明されているのがワイナピチュ山、テレビではほとんど紹介されていないワイナピチュよりさらに高い山がマチュピチュ山。
僕はワイナピチュに申し込んだつもりが手違いでマチュピチュ山の許可証を取っていたらしく、マチュピチュ山に登りました。
向こうに見えるのがワイナピチュ。高さが全然違うのが分かる。
ワイナピチュ山もマチュピチュ山も、やはり事前に許可証を取得しておく必要があり、これはインカトレイルよりは簡単に取得できるようですが、やはり当日現地での申し込みはできないらしいので、これらの山に登りたい方は必ず事前に申請しておきましょう。
こちらも他人への譲渡は不可なので、カップルとかでマチュピチュに行って一人だけ許可証取り忘れてたりなんかしたら最悪です。
マチュピチュを一通り堪能した後は、今回のツアーの打ち上げをしにマチュピチュ村へ。
最初みんなビールの中瓶を頼んでいたのですが、僕が一人大瓶を頼んだのを皮切りに、場は無法地帯に。
シェーンが次々に大瓶を追加注文し、気付けば酒を飲んでいた4人で10リットル以上ビールを飲んでいました。
クスコのビール、クスケーニャの1リットル瓶。
マチュピチュ村。どこか日本の温泉街に似てる。
途中からみんな酔っておかしくなってきて、フランス人ママが口癖のOhlalah!を言うとみんなも真似してオーララー!と叫んで何故か爆笑。
その後優雅にインカレイル鉄道に乗り、途中でツアー会社のバスに乗り換え、4日ぶりにクスコの街へと帰りました。
クスコに帰った翌日、街を歩いているとなんとコロンビアの宿で一緒だったMさる君が目の前を歩いている!
クスコに来ていることは知っていたのですが、まさか街でばったり出会うとは。
この後Mさる君とは縁があり色々な場所で行動を共にすることになるのですが、この時はまだ知る由もなく。
アルパカの子供 with Mさる君。
授乳フェチ。アルパカの授乳もばっちり激写。てか子供デカくね?
クスコにあるインカ博物館。ヨーロッパと比較するとインカ帝国のデカさが分かる。
博物館には本物のミイラが展示されている。
「コカの葉は俺たちのソウルフードだぜ」の図。
さてさてこの後はレインボーマウンテンという山と聖なる谷と呼ばれる所に行ったのですが、それはまた次の話。
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜ペルー編④〜
Hey guys!!
年が明け、新年を迎えたと言えども、別に何か特別なことをしたわけでもなく、不思議の国のアリス風に言えば、なんでもない日おめでどーも僕です。
イースター島では毎日が暑い暑いビール日和だったにも関わらず、風邪をひいていたせいで結局一回もビールを飲めず。
こうなったら日本に帰る飛行機内で腹いせに無料のワインがぶ飲みしてやります。
さてさて、ペルー編もやっと後半戦へ。
最高だったワラスを出て、首都のリマをスルーし、クスコへ向かいました。
クスコはツーリストが観光する部分と地元住民が生活している場所がはっきりと分かれていて、ツーリストエリアはとても綺麗でお洒落な雰囲気でした。野良犬は相変わらずだけど。
あとグランメルカドの近くの屋外マーケットみたいなところが、この旅史上最高に臭くてやばかったです。
さてクスコといえばマチュピチュ遺跡ですが、今回僕はインカトレイルと呼ばれる、インカ帝国時代使われていた道を3泊4日で45km歩くツアーに申し込んでいました。
今はごく一部しか歩けないインカトレイルですが、かつてはエクアドルのグアヤキルからチリのサンティアゴのあたりまで続いていた、ウルトラロングトレイルです。
ただし日本と違うのは、インカトレイルのある山は1日の入場者数が決められていて、しかもその全てをツアー会社が押さえているので、ツアー参加以外でインカトレイルを歩くことはできません。
時々ソロで歩いたという人がいるらしいですが、インカトレイルにも色々あるので、多分オリジナルではないどこかの新しいインカトレイルのことか、またはインカトレイルでもなんでもないただのトレイルを勘違いしているかのどちらかです。
フランス人の女子2人組。日本のキャラクター“ぐでたま”が大好きなNAFTA職員と、「Oh,lalah!」が口癖の2児の母。名前は発音が難し過ぎて忘れた。
どちらにしても、オリジナルのインカトレイルのハイライト部分を歩いてマチュピチュ遺跡まで行くには、かなり前もってツアーに申し込む必要があり、シーズンにもよりますが通常3ヶ月前には予約が埋まってしまう超人気のツアーです。
そして値段もそれなりに高いのですが、森の中に突如現れるインカの遺跡に出会いながら、壮大な山々を歩く旅は本当に最高なので、これからマチュピチュに行かれる方にはぜひインカトレイルツアーをお勧めします。
しかも値段が高いと言っても、3泊4日のツアー中の全ての食事(超豪華)、テントとそれを運んでくれるポーター、ガイドなど、ほとんどフルカバーで7万円〜9万円ぐらいが相場なので、日本や欧米のクソ高いツアーを考えれば格安だと思います。
毎回食べきれない量の食事が出てくる。残念ながらビールはない。
ちなみに一度取った入山許可は、キャンセルも他人への譲渡も不可なので、クスコに入ってから「キャンセル出てないかな〜」とか期待しても無理です。
我らがチームリャマパス。客が8人に対し、ポーターが14人という大所帯。ポーターのズボンはなぜかスパイダーマン柄。
今回僕が申し込んだ「Llama Path(リャマパス)」というツアー会社は、他の会社と比べて決して安くはないのですが、ポーターの教育制度や十分な賃金の支払い、子供達への教育プログラムなど、社会貢献活動を積極的に行っているということもあり、この会社に決めました。
そういう会社なので、実際ポーター達の人柄はとても良かったし、毎回の料理も申し分ない質と量だったし、はっきり言って支払った金額を遥かに超えるサービスだったと思います。
毎日豪華な食事を用意してくれたシェフのセバスチャン。チームのムードメーカーでもある。テンション高め。
さて、メンバーはというと、フランス人の幼馴染仲良し女性2人組、オーストラリア人の医者とその彼女、アメリカ人カップル、アメリカ人のファイナンシャルプランナー(FP)、そして僕の8人。
僕はアメリカ人FPのシェーンと4日間同じテントで寝ていたこともあり、けっこう仲良くなって最終日にクスコへ帰るバスの中では二人でラムコークを飲んでいました。
シェーンは割と体力のある方でしたが、他のメンバーはけっこうきつそうで、僕は余裕だったので毎日キャンプ地が近くなると、先に行って荷物を置き、しばらく辺りを走り回っていました。
雨季に入りかけている時期だったので、雲と山の組み合わせが秀逸だった。
霧の中に浮かび上がるインカの遺跡は、かつての人々の生活をイメージさせる。
マチュピチュはもはや観光地化してしまっているけど、インカトレイルの途中にある遺跡は未だに山奥感を残したまま。
Hola amigo.
ところで、ペルーに来ると地元の人も観光客も、コカの葉をよく食べています。
あのコカインのコカです。
と言っても吸ったり注射したりするようにしたのはアメリカ人で、もともとインカ帝国時代から、コカの葉はたばこやお酒と同じような嗜好品として人々はよく口にしていたそうです。
日本ではコカの葉を持っていると逮捕されますが、ペルーではどこに行ってもコカの葉やコカキャンディが売っていて、簡単に手に入ります。
効用としてはカフェインが含まれているため、頭がすっきりしたり高山病にならなかったりするらしいのですが、胃に対して若干刺激もあるため、お腹の強くない僕はあまり食していませんでした。
ちなみに、ほんとかどうか知りませんが、コカコーラのコカも、このコカと同じ意味らしく、コカコーラにも似たような効果があるとか。
確かにコーラにはカフェイン入ってるし、トレイルランナーも眠気覚ましにコーラ飲む人多いですよね。
さてさて、本来ならもう少し写真を織り交ぜたかったのですが、なぜか貼り付けようとするとエラーになってしまう写真が多く、文章多めのブログになってしまいました。
次回はいよいよマチュピチュ遺跡へ。
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜ペルー編③〜
Hey guys!!
11月の初旬にガラパゴスから日本へ送ったハガキが未だに届いていないらしく、海外の郵便局に不信感を抱かずにはいられなどーも僕です。
キューバのときは「日本に届くまで半年かかった」という話も聞いていたので覚悟はしてましたが、ガラパゴスは通常8日〜12日で着くと聞いていたので、高い送料を払って日本に届かないと思うと郵便窓口にいた姉ちゃんに腹が立ってきます。
さて、ペルー編第3弾になってもまだマチュピチュは登場しません。
まだワラスのことです。ワラス最高。
とは言いながらもいい加減マチュピチュやウユニのことも早く書きたいので、今回はワラス完結編として色々ぶっこみます。そして色々はしょります。
ちなみに上の写真の方々も含め、登場人物について説明し出すとキリがないので、みんな超凄い人達とだけ言っておきます(いきなりはしょり過ぎ)
まずは宿で知り合った日本人家族と山に行った話。
ネタの宝庫らんぼうさん、いつも穏やかなマイさん、2人の息子あいき君と。
色々あって宿で仲良くなった日本人の家族と一緒に標高4,450mの湖に行こうという話になり(だからはしょり過ぎだって)、1泊2日のキャンプをしに行くことに。
序盤、馬、牛、豚、ロバ、羊、犬を引き連れた、ブレーメンの音楽隊と遭遇し、楽しい雰囲気で田舎道をトレッキング、徐々に標高を上げていく。
が、数日前まで高山病でこの日もバックパックとあいき君を背負ったらんぼうさん、山どころか普段からあまり運動をしていないというマイさんはかなり辛そう。
その上天気も下り坂で、残念ながらマイさんとあいき君は途中下山し、僕とらんぼうさんで湖を目指すことに。
湖の下のキャンプ地目前、激しい雷鳴と共に降り出した雹が体を打ちつける。
すぐ近くで稲妻が落ちる音を聞きながら、滝の下の川へ水を汲みに行ったときは気が気じゃなかった。
翌朝起きると僕のテントが凍っていた。
フライシートの内側も凍っていて、前室を開けるときに薄い氷がパラパラとテント内に落ちてきた。
この日の朝は天気が良かったので、びしょびしょのテントを乾かし、のんびりとパッキングしてから、いよいよ滝の上の湖へ。
滝の横を登るとすぐにマップ上でトレイルの終着点になっている場所に着き、2人で湖を眺める。
ほーう…
しかしふと右を見ると、なんとなく大きな岩をよじ登れば岩の向こうへ行けそう。
というわけで2人でよじよじ登って向こう側へ行ってみるとそこには…
絶景あざーす!!
あだーす!!
水温は思ったよりも低くなく、泳いじゃおうか本気で悩みましたが結局やめました。
こんな良い絶景ポイントがなぜ地図に載っていないのか、この湖へ行くツアーをなぜワラスの街で販売していないのか、色々と大人の事情があるのでしょうが、とにかくここに来れて良かったです。
帰りは下るだけなので余裕の表情のらんぼうさん。
宿に戻り、昨日から無性に食べたかったカルボナーラを作ってみんなで食べました。
マイさんが日本から持ってきたという味噌で作ってくれたあら汁超絶美味かった。
翌日、地図で気になるトレイルがあったので、一人で日帰りトレイルラントリップへ。
前日行ったラグーナチュルップよりさらにマイナーで、行きも帰りも地元の牛飼い以外誰とも会わなかった。
ワラスで購入したNewシューズ「adidas GALAXY TRAIL」のテストも兼ねて。
超綺麗な川と藻。
この旅で動物の授乳の可愛さに目覚めた。
生と死。どちらも生き物には欠かせない。
一人占め。
途中、道を教えてくれた牛飼いのおばちゃんと少し会話をしたのだけれど、そのおばちゃんが着ていた民族衣装は今まで見たどの衣装よりも美しく鮮やかだった。
残念ながら写真はない。
僕は以前から、心から感動するような景色に出会ったときや、ずっと記憶に留めておきたい素敵な人と出会ったとき、写真が撮れなくなってしまう。
景色に関しては画面越しに見ている時間がもったいないという理由が一番で、人に関しては、なんとなく相手にカメラやケータイを向けることに後ろめたさを感じてしまうのだ。
実際、写真を撮られると魂を抜かれると信じている民族もいて、カメラを向けるととても怒る人たちもいる。
そんなわけで、僕が旅で出会った景色や人で、本当に感動したものは写真に残っていない。
さて話を戻して久々のトレランを楽しんだ翌日、今度はワラスの近くのカルワスという街で大規模な日曜市が開かれるという噂を聞き、一人で行ってみることに。
小さな街には似つかわしくないほど大規模に露店が立ち並び、色々食べ歩いたりしてかなり楽しんだ。
帽子にさらに布を巻いて日除けにしている。前日山であったおばちゃんもこのスタイルだった。
市場の中で食べた4ソル(約140円)のセビーチェ。一番下に茹でたポテト、その上にチョクロ(大豆)、チョチョ(とうもろこし)、魚のセビーチェ、パスタ。すげーボリュームの割に皿が小さい。
色鮮やかなスカート。これをおばちゃんが履く。いつかこの民族衣装も姿を消してしまうのだろうか。
バカデカいかぼちゃ。
中南米でよく見かける果物。安くて美味しい。黄桃みたいな味で皮ごと食べられる。
結局ワラスには2週間以上滞在しましたが、毎日とても充実した日々を送っていました。
実を言うとこの旅に出る前に南米で行くと決めていたのは、イースター島とパタゴニア、そしてこのワラスだけでした。
山を中心に旅をしている僕にとって、アメリカのJMT、パタゴニア、そしてこのワスカラン国立公園はまさに楽園とも言える場所。
その上ペルーは物価も格段に安く、2週間いてもまだまだ足りないぐらいでした。
今のところ、南米で最も感動したのはガラパゴスでもマチュピチュでもウユニでもなく、ワスカラン国立公園でキャンプした日々です。
これからペルーを訪れる旅人は、ぜひ現地ツアーでも良いのでワスカラン国立公園を歩いてみてください。
ワラスで滞在していた宿から見たブランカ山群。
さてさて、次回の投稿はイースター島から。
マチュピチュ観光の拠点、クスコの街のこと、そしてマチュピチュ観光をする際の注意点など。
実際にマチュピチュに行った記事は次次回になります。
ペルー編はあと3回、合計6回になる予定です!
世間はクリスマスシーズン真っ只中ですが、僕は暑い暑い南米メンドーサで毎日走ってます。
すっかりランナーからハイカーになってしまってやばいです。
キロ5分30秒でも10km走ったらクタクタ。
でも久しぶりに野良犬に追いかけられることなく走れて気持ち良いです。
それではまた!
See you soon!!
日本人が考えなければいけないこと。
本来なら日本に帰ってからゆっくり書こうと思っていたテーマがたくさんあるのですが、そのうちの2つは今書かなければと思い、旅ブログの途中ですが社会ネタを。
もちろん批判的意見があることも分かって書いているので、皆さんの考えもシェアしていただけると嬉しいです。
①福島の放射線影響について。
旅で出会った友人がFacebookでロシア外務省の発表をシェアしていた。
内容は「日本政府は福島第1原子力発電所事故によって発生した液体放射性廃棄物の太平洋への放出を禁止すべきである」というもの。
日本人にも福島原発の影響を懸念している人が多いことは事実だ。
実際僕の友人にも「福島の野菜は食べたくない」と未だに言っている人が一部いる。
僕はあらゆる問題を考える上で一番害になるのが、「先入観」や「偏見」だと思っている。
震災直後から、福島における放射線量データをtwitterで発信し続けてきた人がいる。(「考え」ではなく「データ」というところがポイント。)
原子物理学者の早野龍五先生だ。
放射線による内部被ばくに少しでも関心があるなら、まずは早野先生の本を読んでから色々な意見を言って欲しい。
早野先生の最近のインタビュー記事はこちら→https://synodos.jp/society/20710
僕が言いたいのは単純に「福島の野菜は安全ですよ」ということではない。(もちろんそれもものすごく重要。)
情報を発信したり自分の意見を公の場に出すときに、それによる影響が大きければ大きいほど、「確実なデータ」が必要になってくる。
それが個人の問題だろうが、国単位の問題だろうが、良い悪いの「イメージ」で感情的に議論しても何も生み出されない。
僕は普段、論理的思考ではなく心や直感でといった何の根拠もない動機のもとで行動するタイプの人間だ。
そんな僕ですら、他人や社会に対して何かを発信するときには確実な根拠を提示する義務があると思っている。
僕が、ブログで収入を得ている人をあまり好きになれないのはそういうところだ。
ちなみに「信じるか信じないかは、あなた次第」ではないが、結局様々な情報やデータが飛び交う中で、最終的に何を信じるかは個々に決めれば良いことだと思う。
僕も出来るだけ、個人的な感情や考えを抜きにして、たとえ違和感があろうともちゃんとしたデータで証明されていることであれば信じるようにしているが、人間である以上、思考の好みは必ずある。
意見が対立するのは当たり前のことで、それ自体はとても良いことだ。
1人も批判する人がいない意見があるとしたら、それは宗教だ。
ただ、福島の放射線影響のことを非難的に話題にするだけで、将来に対して途方も無い不安を感じる人々がいることを知る必要はある。
「自分には子供が産めるのか?産んでも大丈夫なのか?」
無責任に不安を煽る人が多いが、そう思う人が福島には少なからずいることを分かった上で、根拠のある議論をしなくてはならない。
そして非難をするなら、「ではどうすれば良くなるのか?」まで考える義務があると思う。
非難するだけなら誰でもできる。
大切なのはその後だ。
そこからが有益な議論の始まりだ。
ただ大声で不安を煽るだけ煽って、自分は何もしないような人の意見に、僕は耳を貸すつもりはない。
②海外を旅する上で忘れてはならないこと。
もちろんたくさんあるのだが、ここでは海外における日本人の振る舞いについて。
先日、ボリビアのウユニに行ったときに感じたこと。
以前から噂では、「ウユニには日本人お断りの宿がある」と聞いていた。
長期で海外を旅している人には有名な話かもしれない。
理由は、水や電気が貴重な発展途上国(僕はこの言い方自体好きじゃない)で、日本人がお構いなしに大量の水で洗濯したり、電気をつけっぱなしにしたり、グループでレストランに入って騒いだりするかららしい。
近年、SNSの影響でウユニは日本人バブルだ。
ペルーのマチュピチュ遺跡とセットで2〜3週間のパッケージ旅行を販売している旅行会社も多く見かけるようになった。
マチュピチュ観光の拠点になるクスコはかなり発展していて、物価もどんどん上がってきているようだった。
それにくらべウユニは驚くほど小さな街で、なぜ世界屈指の観光地なのに国がもっとインフラ整備しないのか不思議なぐらいだ。
実際僕が行ったときも、日本人と韓国人が多くいて、塩湖に行くツアーにも他の日本人と一緒に行くことになった。
彼らは全員1人旅をしていて、長期旅行者もいたし、以前他の国でも会ったことのある人もいた。
誤解のないよう先に言っておくが、彼らのことを僕は大好きだ。
ただ正直に言うと違和感を感じた部分もあった。
それはウユニや発展途上国と呼ばれる国を訪れるほとんどの日本人に言えることなのだが、彼らは当たり前のように値切るのだ。
少しでも安く、一食分の食費、一泊分の宿代を浮かせるため、100円や200円、時には数十円単位で値切る。
そんな彼らが他の国では一食1,000円以上するディナーを食べたり、空港のプライオリティラウンジを使ったり、日本でディズニーランドに行ってポップコーンを食べたりするのだ。
もちろん貧乏旅行者の気持ちがわからないわけではないが、いくらこちらの所持金が低いと言ったって、いくらウユニが観光地で他の街より潤っているからと言ったって、飛行機に乗って外国を旅している時点で、現地の人々からすれば日本人は大金持ちなのだ。
海外を旅するときに、こういった日本人の振る舞いは、その後その土地を訪れる日本人、あるいは外国人旅行客にも悪いイメージを与えかねない。
実際本当に日本人お断りの宿があるかどうかは分からなかったが、あってもおかしくないし、多分今後さらに日本人が増えればそういう宿やツアー会社も出てくるだろう。
旅は自分だけのものではない。
それを僕はこの旅で学んだ。
*最後に。
色々書いたが、結局僕が一番大事にしていることは、「自分が楽しいかどうか」だ。
他人を不安にさせるようなことを言っても僕は楽しくないし、10分も20分も粘って値切ることも楽しくない。
「お前だけの問題じゃないんだよ」と怒られそうだが、「自分が楽しんでいる人が人を幸せにする」というのが34年間生きてきて学んだ、今のところの結論だ。
「人の為に私は辛いことも我慢できる」とか、「楽しくはないけど社会の為に頑張る」とか、そういう人をたくさん見てきたが、大抵その人の周りにいる人は幸せそうには見えなかった。
少なくとも僕には。
逆に、どんな理由や目的があろうが、一家族だろうが大企業の社長だろうが、数億円を動かすプロジェクトだろうが数億円の借金がある人だろうが、その瞬間瞬間を楽しんで生きている人の周りにいる人は幸せそうに見えたし、実際幸せだと言っている人をたくさん見てきた。
綺麗ごとでもなんでもなく、僕は自分の周りにいる人が幸せだと自分が嬉しいし、自分が嬉しくなりたいから周りの人にも幸せになって欲しいと思う。
その為にはまず自分が楽しむことが大切。
だから僕はただひたすら自分が楽しいと思えることをする。
幸いなことに、僕は心から楽しいと思える趣味をたくさん持っている。
楽しむ権利を持てる日本人に生まれたことを、本当に幸運だと思う。
旅ブログ〜ペルー編②〜
Hey guys!!
ウユニで列車の墓場と白い大地と鏡張りと星空と日の出を見たらやることがなくなってしまっどーも僕です。
昨日まで2泊した宿を変えたらWi-Fiが多少は早くなったので、久しぶりにペルー山旅編再開です。
最高だったラグーナ69サーキットトレイル(僕が勝手に名付けた)を終え、次はラグーナ69と並びワラス滞在者に人気のルート、サンタクルス谷トレッキングへ。
僕はカシャパンパから歩き始めてバケリアをゴールとしたので画像とは逆ルートですが、ご覧の通り、5,000〜6,000m級の山々を眺めながらのトレッキングルートとなっており、通常3泊4日でガイド付き+ドンキーと呼ばれるロバに荷物の大半を持ってもらうツアーが人気です。
僕は単独で約25kgのザックを担ぎ、2泊3日の日程でトレッキングしました。
初日の前半はまだ天気がよかったのだが...
アメリカやメキシコも牧場の規模が日本とはケタ違いでしたが、ペルーはなんというか、放牧の度が過ぎて半野生化してる動物が多かったです。
決して野生ではないんですけどね。
でも絶対管理しきれてないだろうってぐらい山々のあちこちに散らばってます。
白骨化した仲間を見て何を思うのだろうか。
牛や馬はこちらが近づくと逃げるけど、ドンキーは向こうから近寄ってくる。というかついてくる。
初日、9時頃から歩き始め、予定していたキャンプ地に着いたのが午後2時。
次のキャンプ地までは2時間あれば行ける距離だったので、行ってしまうことにしたのだが、1時間ほど歩いたところで天気が急変。
「世界で最も美しい山」に選ばれたこともある名峰アルパマヨの麓で急遽キャンプをすることに。
雨の中テントを張るのは初めてではなかったけど、標高3,000m以上で強い雨の中テントを張るのはやはり辛いものがある。
装備は濡れるし、かなり寒かったのでこの日はテント内でパスタを作って食べた。
翌朝もすっきりしない天気で、仕方なく濡れたままのテントを撤収。
朝のアルパマヨを拝んだ後、このルートで最も標高が上がる峠越えにかかる。
厳密にはこの反対側の南西壁が世界で最も美しいと評されたシルエット。
美しくも厳しい山々。
近いようで遠い峠。ここが一番きつかった。
峠を越えると、それまでは雨時々曇りだった天気が、霰(あられ)時々雹(ひょう)に変わった。
バチバチと体にあたり少し痛いけど、弾いて濡れないので雨よりマシだと思える。
途中トレイル上で牛がガチ喧嘩していて少しビビった。
2日目のキャンプ地。
2日目の夕方、キャンプ地でご飯を作っていると、山のマナーを知らない欧米人グループが断りもなくすぐ近くにテントを3張り設営し出した。
しかも他にも場所はあるのに。
通常キャンプ地で先にテントを張っている人の近くに自分のテントを張りたい場合、一言断りを入れるのが万国共通の山のマナーだ。
おそらく彼らは普段山でキャンプなどしないただの旅行者なのだろう。
夜中になってもライトを点けてなにやら談笑していて、正直あまり眠れなかった。
これから海外でキャンプをする日本人旅行者の方、くれぐれも日本人の品格を落とさないようにご注意ください。
最終日はすっきりとまではいかないものの、天気はやや回復し、緩やかな下り基調のコースということもあって、快調に歩を進めた。
結局最終日は午前中のうちにゴール地点のバケリアへ到着し、街へ降りるコレクティーボを1時間ほど待ってから絶景ルートを通って下山。
なぜかラッキーなことに、途中の絶景ポイントでドライバーのおっちゃんが「俺今からここで昼飯食べるから20分ぐらい適当に写真でも撮ってて」と言い出したので、8名ほどの乗客はしばし写真撮影タイム。
これが噂のペルビアンタイムというやつか。
そんなこんなで2泊3日のサンタクルストレッキングは終了。
本来ならこのあと、Huayhuash(ワイワシュ)というトレッキングルートにも行こうと思っていたけど、雨季に入りつつあるペルーをこのサンタクルスで実感したので、予定を変更してワラス近辺の手頃な山で遊ぶことに。
そのときの話はまた次回のブログで書きますが、この判断は結果として大正解となりました。
さて、最後に前回ブログで軽く触れた通り、トレッキングの間に2日滞在したユンガイという街について、どうしても触れておかねばなりませぬ。
というのも、ペルー史上最悪の地震災害であるアンカシュ地震(1970年5月30日に発生)が起こった際、最も被害が大きかったのがこのユンガイという街。
※アンカシュ地震ー死者・行方不明者はペルー全体で約70,000人で、500,000人以上が家屋を失った。震源地に近かったアンカシュ州の州都ワラス(Huaraz)では当時の人口の約半分にあたる30,000人以上が死亡し、建物の約90%が倒壊した。(Wikipediaより)
この地震により、ユンガイのすぐ近くにあるペルー最高峰のワスカラン(6,768m)の北峰が氷河と共に大崩落を起こし、3000mの標高差から流れ落ちた大量の土砂と氷塊が、時速300kmでユンガイの集落を襲いました。当時のユンガイの人口(約18,000人)のほとんどが死亡しました。
現在ある"新"ユンガイは、"ユンガイ跡地"のすぐ横に再建された街で、ユンガイ跡地は下の写真のようになっています。
死者を弔う美しいお花畑。ところどころにお墓がある。
教会だった建物。
当時街を走っていたバス。
墓地。実はこれはアンカシュ地震以前にあった雪崩災害のときに作られたもの。皮肉にもキリスト像の視線の先にはワスカランがそびえている。
地震の被害を伝える写真展示スペースにて。
地震前後の写真で、街がまるごと無くなっているのがわかる。
どうして僕がこの場所を見ておきたかったかというと、地震大国の日本で生まれ育った人間として、同じ痛みを共有し、そしてそこから学ぶべきものが少なからずあると思ったからです。
ちなみに痛みを乗り越えるための意思表示なのか、ユンガイのおばちゃんの民族衣装はとりわけド派手でした。
あと全く関係ないのですが、街にこんな食堂があったのでさぞかし日本好きなのかと思い入ってみたのですが…
挨拶程度の日本語も通じないどころかそもそもワンピースが日本の漫画だってことすら知りませんでした。
尾田先生がこの店を訪れる日が来ることを心から期待します。
さてさて、ペルー編はまだまだ終わりそうにないですが、リアルタイムでは17日にボリビアを出てチリに入ります。
イースター島もガラパゴス同様Wi-Fi弱くてブログ更新できないだろうから、それまでになんとかペルー編は完結できるよう頑張ります。多分無理です。
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜ペルー編①〜
Hey guys!!
さあさあいよいよ僕のテンションをマキシマムにしてくれているペルー編がやってまいりました。すでに2週間以上滞在しているワラスという街は、6,000m級の山々に囲まれ、美味しいご飯が140円〜175円ぐらいでお腹いっぱい食べられて、マンゴー4つが70円で買えて、ダブルのアイスが50円ぐらいで食べられどーも僕です。
ワラスの神宿El Tamboからの眺め。
ペルーは美食の国とは聞いていましたが、美食というほど見た目は良いもんじゃありませんが、味が美味いことは確かです。そして安い。
グアヤキルからバスを2回乗り継いで、ここワラスに来たわけですが、途中のトゥルヒーヨで食べたセビッチェもめちゃくちゃ美味かったし、ワラスではカウカウが気に入りました。
カウカウが何かは秘密です。肉じゃがです。
右半分がカウカウ。左は店によって米だったり。てか普通は米。
セビッチェはメキシコやグアテマラで食べてたやつとだいぶ違くて、どちらかというと魚のマリネに近いです。
こっちのセビッチェは赤くない。美味。上に乗ってる黒いのは海藻。
と、食べ物の話ばっかしてる場合じゃなくて、ワラスは世界中(と言っても主にヨーロッパとアジア)から山好きのトレッカーが集まるトレイルパラダイス。
街を歩けばあちこちにツアー会社や、アウトドアショップが。
これまで旅してきて、ここまでパタゴニアやノースフェイスのウェアが売ってたり、サロモンやアディダスのトレランシューズを簡単に見つけられるのはアメリカ以来です。
アディダスのGALAXY TRAILを購入。先日山でテストしたけど中々良い感じ。
そんなワラスを拠点に、最初に行った場所がラグーナ69という、この辺りでは有名な湖。
69というのは湖の通し番号で、この近辺には大小様々な湖が数多く存在するのですが、69番の湖が特に美しいのと、場所も日帰りで行ける所にあることから、観光客に人気のコースとなっています。
ほとんどの観光客はツアーに参加してこの湖に行くのですが、僕はせっかくなので6,000m級の山々に囲まれてキャンプがしたかったのと、日帰り客は行かないルートも歩いてみたかったので、個人で行くことに。
なぜかツアーで行くより個人で行く方が往復のバス代が高いのが納得行きませんが、まぁ仕方ありません。
登山口までバスで行くはずが、途中の街でバスがしばらく出ないとのことで、バスの運ちゃんの知り合いの兄ちゃん(?)の車に乗せてもらえることに。
しかし途中トラブル発生。
まさかのエンジンオーバーヒート。
僕も含め全員で車を押した。
たまたま止まったところが綺麗な湖のすぐそばだったので、直るまでの間、運転手の兄ちゃん以外の3人は写真撮影などで暇つぶし笑
その後なんとか登山口まで辿り着き、やっと歩き始めたのが12時過ぎ。
重い荷物と高い標高にヒーヒー言いながらも、自分1人しか歩いていないトレイルと景色を堪能しつつ、キャンプ地へ着いたのが午後4時。
ちなみにこの日のキャンプ地、標高4,600m。
アメリカのJMTで4,000mぐらいのところでキャンプしたことはあったものの、夜はそれとは比べ物にならないぐらいの寒さで、正直あまり眠れませんでした。
さらには、キャンプ地に着いてから朝出発するまで、5〜6回大きな雪崩が目の前の山で起きて、寝ている間も、「ゴゴゴォォォォォ」という凄い音に何度か目を覚ましました。
そのときの様子を動画でばっちり撮影したので、帰国してからのお楽しみで。
キャンプ地の目の前の3つの山は全て標高6,000m超え。
その横には標高5,765mのピスコ山。山小屋はオフシーズンで閉まっていたが、元々テント泊の予定だったので特に問題なし。
朝日。神々しい。
日帰りルートだとこの絶景を見れないのだからもったいない!
山やってて良かったと思う瞬間でした。
キャンプ地を出発した後はガレガレトレイルを登ったり下ったり、時折、近くで落石の音が聞こえて、少々緊張を強いられる時間が続きました。
そうしてしばらく歩いて行くと、曇ったなかにも視界が開け、目の前に壁のように大きな山が。
上の方が雲に隠れて、より巨大に見える。
あまりに唐突に目の前に現れたその景色に、感動というよりむしろ畏怖すら覚え、その景色に圧倒されながら歩を進めました。
このときはあまり天気が良くなく、すっきり晴れていたらもっと綺麗な色だったのでしょうが、それでも十分に綺麗だったラグーナ69がこちら💁♂️
キャンプしたおかげで僕が着いたときには独り占め。
ちなみに色々訳あって、コロンビアで購入した(させられた)GO PRO HERO5がこの時から今に至るまでなぜか全く機能しなくなったので、写真はiPhone6のパノラマ撮影によるものです。
クソGO PROめ…。
ここからは日帰りツアーのルートを登山口に向かって下るだけ。
ツアー客とすれ違いながら、25kgのザックを背に時折小走りで快調に駆け下りて行きました。
帰りの景色も素晴らしかった。
登山口から街まで下りるコレクティーボは出発まで3時間と言われ、特に急ぐ用事もないので荷物を置いてその辺を走って暇つぶし。
走るには最高のトレイル。JMTを思い出す。
夕方ユンガイという街へ下り、次のサンタクルス谷トレッキングの為に体力を回復させるため、そのままユンガイで2泊することに。
そのユンガイではどうしても見ておきたいものがあったのですが、それはまた次回ということで。
次回の更新はマチュピチュ遺跡観光の拠点、クスコから!
それではまた!
See you soon!!
旅ブログ〜エクアドル編③〜
Hey guys!!
わたくし、日本にいた頃からテレビのない生活をしておりまして、当然NHKの朝ドラなどほとんど見たことがないわけですが、2018年の朝ドラヒロインは永野芽郁、2019年のヒロインは広瀬すず、というニュースを昨日ネットで…見…
ネットで…
ネット…
…
超見てぇぇぇ!!!どーも僕です。
いや、好きな芸能人は?と聞かれたら「石田ゆり子さん」と答え続けてもう10年以上になりますし、今でもそれは変わらないですけどね。
ですけど、映画「俺物語‼︎」の永野芽郁ちゃん演じる大和凛子は反則級に可愛いっす。
さて、いよいよエクアドル編も最終回、ガラパゴスの後半になるわけですが、ガラパゴスのアシカも反則級に可愛いかったのでアシカ写真多めになりますがご了承ください。
ガラパゴス3日目から、4日間ほどイザベラ島と言うガラパゴス諸島で最も大きい島へ移動しました。
面積は大きいのですが、小さな集落が一つあるだけで、サンタクルス島に比べだいぶ田舎です。
そしてここでも至るところで寝ているアシカや無数のウミイグアナと遭遇。
堂々と寝すぎ。
偶然遭遇した授乳中のアシカの親子。激かわ。
デカいやつは赤みを帯びてる。
垂直の壁もよじ登る。
あ、ちなみにアシカは動画をいっぱい撮って、そっちの方が可愛いのですが、このブログにどうやったら動画を載せられるのか分からないので、帰国後に直接会ったときのお楽しみということで。
イザベラ島ではシュノーケリングツアーにも参加しました。
正直今はそんなに海に興味ないし、天気がイマイチだったのでけっこう寒かったのですが、実際は参加して、大正解でした。
写真はあまり上手く撮れなかったのですが、海の中ではウミガメはわんさかいるし、アシカはすぐ近くを泳いでるし、なんか貴重らしいサメも大量にいました。
ウミガメめっちゃいた。
ガラパゴスには5種類のウミガメがいるらしい。
何度も触れる距離を通過していったアシカ。
ほんとに可愛くていくら見てても飽きないアシカの赤ちゃん。たまに浅瀬で遊んでる。
なんか貴重らしい、なんとかホワイトシャーク。めっちゃいた。
ここで少し真面目な文章。
以前から思っていることですが、よく、「興味を持ったらとにかくやってみなさい。必ず良い経験になるから!」と、格言っぽく言う人がいますが、僕に言わせればそんなことは当たり前で、「興味がないことにも興味を持てるかどうか」が本当に良い経験になるかどうかの分かれ道だと思ってます。
その意味では、1人で海外を旅するということは、興味がないことにチャレンジする最も良い機会だと思うし、人生における経験値が格段に上がる舞台だと思うのです。
あまり海に興味がない僕も、ガラパゴスでツアーに参加したり海の近くを歩いたりして、本当に良い経験ができました。
さて、では続き。
イザベラ島のローカル食堂では、面白いローカルフードを食べました。ボロンという名前のそれは、中南米ではよくある甘くないバナナを蒸して(多分)チーズと混ぜ団子状にしたもので、はっきり言ってめちゃくちゃ美味しかったです。
ボロンの横のビーフシチューみたいのもすげーうまい。
あと、一回チャーハンみたいのを頼んだときは、まさかのバナナ乗せチャーハンが出てきて笑いました。
なんでもバナナかよ。
イザベラ島は基本的に物価がめちゃ高いのですが、地元民が集まるメルカドでは、エンパナーダというこれまた南米ではどこでもよく見る具入りの揚げパイみたいなものが1ドルで売っていたので、僕は肉入りエンパナーダをよく食べていました。
デカくて美味い。これで1ドルはガラパゴスにしてはかなり安い。
あと、本来ならツアーで行く火山にも、自分でチャリをレンタルして片道20km以上こいで、さらにそこからトレランしてきたのですが、なぜかその写真が消えていて、動画しか残っていないので、これも直接会ったときのお楽しみで。
とりあえず火口が馬鹿でかくて、今でも時々溶岩が流れ出るそうです。
あとはフラミンゴも集落からすぐ近くの池で見ることができました。
イザベラ島ではとにかくのんびりと過ごし、最後の2日間はまたサンタクルス島へ戻りました。
サンタクルス島で最後にツアーに参加したのですが、まさかの日本の高校生グループと同じツアーになってしまい、なかなか騒がしかったです。
基本的には若者はどんどん海外を旅した方がいいと思っていますが、ああいう団体旅行みたいのはちょっといただけないですね。
海外で日本人の評価が下がると、その後来る旅人にも迷惑がかかるので。
ウユニ塩湖とかがその良い例ですね。
船の上でのおやつタイムも全部高校生に食べられちゃうし、何も言わない先生もちょっと心配になるレベルでした。
さて、ツアーでは赤い喉を膨らませて求愛するなんとかグンカンドリや、アオアシカツオドリを見ました。
まぁそこでも高校生たちが騒ぐもんで、本来ならそれほど逃げない鳥たちが逃げてしまいましたが…。
サボテンを喰らうリクイグアナ。
雛は真っ白フカフカの毛で、足はまだ青くない。
白骨化したアシカ。
アオアシカツオドリが集団で海の魚を捕食するシーンも動画に撮ったのですが、次々に海に垂直に突っ込んでいくカツオドリはかなりかっこよかったです。
ガラパゴスでは写真に収めきれない雄大な風景や、動画でも伝えきれない生命の美しさなど、たくさんのものを自分の目で見、肌で感じることができました。
実を言うと日本を出るときには予定に入れていなかったガラパゴス。
急遽思い出したようにグアテマラで飛行機のチケットを取ったのですが、本当に行って良かったです。
帰りの空港で食事中、群がるスズメのような鳥。これでもダーウィンフィンチというれっきとしたガラパゴス固有種。
ガラパゴス最後の宿で部屋にあったエイの人形。これを見て「鷹の爪団」の吉田君を思い出すのは僕だけだろうか。
グアヤキルにて。これを見てなんとなく「HUNTER×HUNTER」のシュートを思い出すのは僕だけだろうか。
最後にわかりにくいネタですみません。
さてさて、かなりぎゅっとまとめたガラパゴス日記になりましたが、次回からのペルー編は本格的な山旅に入り、内容盛りだくさんでお届けしていくと思います。
それではまた!
See you soon!!